D’angelo
誰しも音楽を演奏するときには、正確なリズムを刻もうとする。 ひとが音楽に乗っかって気持ちよく揺れることに対して、まさか正確さを壊す方向に向かうとは誰も考なかったと思う。 時代をつくる人は、最初は大衆に理解されないようなことを試みるが、 その後じわじわと時間をかけてその試みがクールだと認識されるものだ。 まるで未来が見えているような人がどんな時代にも存在していたような気がする。 D’angeloもそのひとりだと思う。 しかし考えてもみればもともと人間がもっている感覚に正確なものなんてない。 その歪みやヅレに大陸や気候や文化や宗教などの雰囲気が入り込むのかもしれない。 歪み、ヅレ。実に味わい深い。 D’angeloによる次の試みを密かに楽しみにしていた。 写真は2015に僕が観たD’angeloのステージ。 oguri kei
2025年10月1日






















